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東京地方裁判所 平成2年(ワ)1292号 判決 1992年7月24日

原告

サーベイ・ジャパン国際研究所こと

貞元国勝

右訴訟代理人弁護士

堀江潔

被告

現代出版株式会社

右代表者代表取締役

御園孝久

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成二年二月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、原告は、米国法人訴外マネージメント・アンド・マーケッティングコーポレーション(以下「MMC」という。)社長エドモンド・バレンタインの講演会の通訳をし(以下「本件通訳」という。)、これについて著作権を有するところ、被告は、原告の許諾を得ずに、被告が平成元年二月一〇日に発行した雑誌「月刊メディカル&ファイン新春号・別冊」(以下「本件雑誌」という。)に、本件通訳のほとんど全てを掲載して、原告の有する本件通訳についての複製権を侵害したため、原告は、被告の右行為によって三一九八万円の損害を被ったとして右損害のうち一〇〇〇万円を請求した事案である。

二争いのない事実

1  (原告の著作権) 原告は、昭和六三年一二月八日、東京麹町の食糧会館において、右エドモンド・バレンタインを講師として、「変動する米国の医療業界――一九八九年の製品チャンスとビジネスチャンス」と題する講演会(以下「本件講演会」という。)を開催し、その際、原告は、エドモンド・バレンタインの講演について、本件通訳を行った。

2  (被告の複製行為) 被告の従業員は、本件講演会の会場において、本件通訳を録取・録音し、これに基づいて、「米MMCのバレンタイン社長が『変動する米国の医薬産業』をテーマに講演」との見出しの記事(以下「本件記事」という。)を作成し、被告は、これを本件雑誌に掲載したうえ、平成元年二月一〇日、右雑誌を発売した。

三主たる争点

1 被告の前記二2の複製行為が原告の許諾に基づくものであるか否か。

この点について、被告は、被告は原告から本件講演会の取材要請の案内状(<書証番号略>)を送付され、その案内状には「説明会」と記載されているし、本件講演会の会場では五〇枚にわたるスライドコピーの配付を受け、また取材活動について何らの制限も受けていないし、原告の将来の出版計画も聞かされていないのであり、更にその後被告は本件記事の掲載に当たり、原告から、本件講演会を記事にすること及び配付を受けた右スライドコピーのうち二、三枚を使用することの了承を受けているものであって、被告は、本件記事の掲載について、原告から許諾を受けているものである旨主張している。

これに対し、原告は、原告は被告を含めた医療関係の業界紙を発行する会社に対し本件講演会開催を宣伝して欲しい旨を依頼したことはあるが、本件講演会の内容を掲載するための取材を依頼したことはないし、また本件講演会の状況を内容とする短信記事および本件講演会の会場で配付した資料の掲載を承諾したことはあるが、講演の内容自体の掲載を承諾したことはない旨主張している。

2  原告の損害の有無及び損害額。

第三争点に対する判断

一前記争いのない事実及び証拠(<書証番号略>、原告本人、被告代表者)によれば、次の事実が認められる。

1 原告は、昭和六三年八月、MMCとの間に、著作物を相互に独占的に出版販売することができる旨を内容とする取引契約を締結し、この契約に基づき、MMC作成の「1989 PROD-UCT AND BUSINESS OPP0RTUNITIES CREATED BY THE CHANGING U.S. HEALTH CARE INDUSTRY」と題するレポート(以下「本件レポート」という。)を単行本にしたもの(以下「本件書籍」という。)を日本国内において販売しようと企画し、販売に先立って、その内容を一部紹介することにより、その宣伝をしようと考え、本件講演会を開催した。

2  原告は、本件講演会の開催に先立って、昭和六三年一一月二〇日頃、被告を含む医療関係業界紙を発行する十数社の報道機関等に対し、「サーベイジャパン国際研究所では、マネージメント&マーケッティングコーポレーション(MMC)(米国イリノイ州)社長エドモンド・バレンタイン氏の来日を機に、次の要領で説明会を開きます。貴紙に短信としてご掲載頂ければ幸いです。詳細は別紙の通りです。」などと記載した「変動する米国の医療産業―1989年の製品とビジネスチャンス―」と題する文書(<書証番号略>)及び「豊富な資料やスライドを使って、分りやすく説明が行われます。……米国の政府並びに業界の権威筋から収集した情報を基に米国の医療業界を形成する180の傾向と法制上の動き、かかる変動がもたらす275項目以上の製品/サービス、ビジネスチャンスを判定し、185以上の製品/市場情報を分析、紹介する。詳細は、会場でお渡しする資料をご覧下さい。」などと記載した「説明会の概要」と題する文書(<書証番号略>)を送付した。

3  原告は、昭和六三年一二月八日、本件講演会の開始前に、本件講演会の会場において、出席者約七〇名全員に対し、種々の文書(<書証番号略>)のほか、本件講演会の講演内容を記載したイラスト付きの文書のコピー約五〇枚(以下、右イラスト部分を「スライドコピー」という。)を配付し、また、原告は、本件講演会の冒頭において、右出席者に対し、本件書籍を日本で販売するに当たって、出席者に本件書籍の内容を十分理解してもらうために、米国からわざわざ講師を呼んで、本件講演会を開催した旨伝えた。

4  訴外エドモンド・バレンタインは、本件講演会において、出席者に配付した右3のイラスト付きの文書の内容に沿って、右文書中のスライドコピーに対応するスライド画像を利用して、米国の医療産業への投資の有利性等について講演し、その中で、「本件レポートは、一九九五年までの中期的予測分析も含まれており、多様な用途に使用でき、特に、企業内での戦略立案や意思決定に大きく役立つ。」、「このプレゼンテーションは、いわば本件レポートのエッセンスともいうべきものではあるが、医療各分野へ投資ないし参加するために必要な多くの条件について、初期的な情報を十二分に提供できたと思う。」旨述べ、原告は、右のイラスト付きの文書中の英文を和訳したメモを利用しながら、本件通訳を行った。

5  被告の従業員箱山良治は、右講演会において、本件通訳の内容をメモするとともに録音し、自社に戻ってから、右メモをもとに、一部の若干の意訳、数か所の誤記等を除いて、本件通訳をほぼ忠実に文章化して本件記事を作成した。

6  被告代表者は、平成元年一月頃、原告に対し、本件講演会の会場において配付されたスライドコピーを記事に使用することについての承諾を求めたところ、原告は、これを承諾した。

7  本件記事を掲載した本件雑誌は、平成元年二月一〇日発売された。

二右認定の事実によれば、本件講演会は、本件書籍の販売宣伝を目的として開催されたものであり、このため原告は、被告を含む医療関係の報道機関に対して、予め、本件講演会を記事として取り上げて欲しい旨を記載した文書を送付するとともに、本件講演会の会場においても各種の資料を配付し、講演自体も、本件書籍の触りの部分のみを紹介するという内容であるから、原告は、被告を含む医療関係の報道機関に対して、それぞれが発行する雑誌等において、本件講演会の内容ひいては本件通訳を記事として掲載することを予め許諾していたものというべきである。このことは、本件講演会の後の平成元年一月頃、原告がスライドコピーを本件記事に使用することを承諾している事実からも十分に肯けるところである。

三原告は、本件講演会の状況を内容とする短信記事及び本件講演会の会場で配付した資料の掲載を許諾しただけで、講演の内容自体ひいては本件通訳をそのまま掲載することを許諾したのではない旨主張し、<書証番号略>の記載及び原告本人尋問の結果中には、これに沿う部分がある。しかしながら、<書証番号略>の「貴紙に短信としてご掲載頂ければ幸いです。」との記載部分は、短信記事でも構わないから本件講演会を報道して欲しいとの原告の強い希望を表現したものと解されるのであって、決して報道に対する許諾について制限を課するものとは解されないし、原告が講演の内容自体を報道することを許諾していなかったのであれば、本件講演会の会場の多数の医療関係報道機関の者に対し、講演内容自体の報道をしないように注意すべきであるのに、これを行わず、かえって、講演会の状況のみの報道であれば不要と考えられる各種資料を配付して講演内容を報道するための便宜を図っており、更に原告は、本件講演会の後の平成元年一月頃、講演内容と関係するスライドコピーを記事に使用することについて、何らの限定を付することなく承諾しているのであって、これらの点に鑑みると、原告本人尋問の結果中右主張に沿う部分は措信し難いし、また原告の右主張も採用することができない。

四以上のとおり、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官西田美昭 裁判官一宮和夫 裁判官宍戸充)

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